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留学先大学
留学種別
1~10件目 / 194件中
2024-03
月次報告書3月分
留学開始
三月上旬にブラジルに到着してからすでに1ヶ月が経った。異国の地で生活することに対して大きな不安はあったが、想像していたよりも穏やかに過ごすことができ、日本との違いに驚きながらも日々楽しく生活できている。 『ジュイス・ジ・フォーラまでの行き方』 エールフランスを利用してパリ経由で行った。私は海外へ行くのは初めてで、それも一人旅だったため乗り換えや入国審査など心配事がいろいろあったが、実際は心配する必要がないほどスムーズに行くことができた。リオまでは大きなトラブルもなく到着したが、飛行機が20分ほど遅れたことや、渋滞していたりと様々なことが重なり、予約していたジュイス行きのバスに間に合わなかった。返金はできないと思いつつも、バス会社の窓口で問い合わせてみたところ、支払った金額から差し引いて新しいチケットを購入することができた。(ただし、直前の購入だったため少し高い料金だった)バスの出発が遅れたため、ジュイス・ジ・フォーラに到着したのは夜中の12時半頃になってしまった。到着すると、以前神田外語に留学していた方が私を待っており、寮まで案内してくれた。 『住居』 私は寮に住んでいて、ここでは女性6人が一緒に暮らしている。1人1部屋でシャワーやキッチンなどは共有。大学まで徒歩5分弱で、スーパーも近いため住みやすい環境だが、犬や鶏などの鳴き声がよく聞こえてくる。光熱費込みで2万円ちょっとぐらい。 『携帯』 日本ではiphone14を使用していたが、周りから新しい機種だと盗まれる可能性が高いと聞いたので、外出する際は以前使っていたiPhoneを使用している。VIVOという通信会社と契約し、友人が全ての手続きを代行してくれた。15日間で4GBのデータプランにした。 『ストライキ』 大学が始まってすぐに、事務の方々のストライキが始まった。そのため学籍番号を受け取ることができず、最初の1週間は授業を受けることができなかった。1週間が経ってもストライキは続いたため2週目からは授業を受けることが可能となった。学籍番号がないと図書館や学食などが利用できないので、大学の施設はほとんど利用できていない。3日程前に学籍番号は知ることができたが、学生証はまだ貰えていない。また、4月からは教員がストライキに参加することが決まっているそうなので、学校に行けない日々始まるだろう。 『食事』 学食が利用できなかったため、主に自炊を行なった。スーパーの食品はほとんど日本よりも安いが、魚は結構高いように感じた。住居の周りや中心街には飲食店が多数並んでおり、メキシコ料理や韓国料理など様々なジャンルがある。値段は日本と変わらない、もしくは少し高い印象を受けた。 ブラジルに到着して日が浅く、やらなければならないことを行なっていたら、1ヶ月があっという間に過ぎてしまった。口座開設やRNMなどの手続きを行う際はブラジルの友達が助けてくれた。このこと以外にも授業中や施設内など初対面にも関わらず様々な方が親切にしてくれて、毎日のようにブラジル人の優しさを感じている。この1ヶ月が本当に早かったので、これからは1日1日を大切に過ごしていきたい。
イベロアメリカ言語学科 4年 交換
2023-12
留学成果報告書12月分
ブラジル留学終了 まとめ
【派遣先大学について】 (1) 基本情報 ・設立年 1960年 ・学生数 毎年受け入れ人数は4600人 ・設置学部 20以上の学部93コースの総合大学※ただし、インターナショナルな学問(国際関係など)に特化した学部はない。 (2) 所属した学部、コース、プログラム等(原語および日本語訳) 留学生は基本的に全ての学部、コースの授業を受けることができる。 私が取った授業の学部は、Letras(文学部・外国語学部)、História(歴史学部) Ciência da Religião(宗教科学) (3) プログラムの概要 ・履修可能な授業、所属学部選択の制限など ⇒基本的に全ての授業が履修可能 (4) 大学の雰囲気、留学生や日本からの学生の割合や人数 -大学の雰囲気- もちろん人にもよるが、大学内の生徒を初め、教員、職員のみなんさんは、親切な方が多く、初めの頃は、沢山の人に助けられた。個人的な印象だと、Letras(文学部・外国語学部)の学生は特に、気さくな人が多い印象を受けた。 -留学生、日本人留学生の割合- UFJFは様々な国と交流のある大学で、ほとんど全ての地域から留学生が来ており、一学期目に到着した留学生は40人ほどだった。現在、日本の大学で協定があるのは神田のみらしく、今期の日本人留学生は私のみだった。 (5) 課題や試験 (KUISとの違いや負担の大きさなど) これに関しては本当に授業によりけりである。Letras(文学部・外国語学部)は、言語系の授業は比較的、難易度が低く、やはり講義系に関しては、授業理解や課題をこなすために、配布された資料を読む必要があったりなどと、負担は大きかった。História(歴史学部) 、Ciência da Religião(宗教科学)の授業は全て講義系だったので、資料読解にはかなり苦戦した。 課題や試験に関しては、全ての課題・試験を現地の学生と同じようにさせてもらった。一学期の頃は、筆記試験で辞書の使用を許可してもらったりなど、特別な処置をしてもらうこともあったが、基本的には留学生だからという理由で特別扱いは受けなかった。 (6) 困ったときに相談できたか、相談窓口はどこか、どのようなサポートを受けられたか 留学生の相談窓口としては、DRIという神田の国際戦略部にあたる部署がある。担当の方の一人には、神田の元留学生で、日本語も堪能な方がおり、とても心強い。対面でも、メールでも気軽に相談することができる。 (7) オリエンテーション 一学期の初めに一度オリエンテーションがあり、その際、学生証の発行や、校内ツアーなどを行った。 (8) 履修登録 (履修登録のタイミング(渡航前・渡航後)や、履修登録の方法など) 履修は渡航後、授業開始から2週間のお試し期間が設けられ、その間に最終的に履修する科目を決定する。 留学生の履修登録は現地の学生とは異なり、DRIが管理するため、履修したい科目が決まりしだい、EメールでDRIに履修希望科目を提出する。 【自身の留学について】 (1) 留学を決意した理由 一番の理由は、自身の専攻であるブラジルについて、実際に現地に赴いて、知りたいと思ったからである。もちろん、ポルトガル語をより良くするためであったが、ブラジルについて、大学で学びながら、一度もブラジルに行ったことがないというのは、自分の中で説得力が足りないと思い、留学を決めた。 (2) 留学先を選んだ理由 ジュイス・ジ・フォーラを選んだ一番の理由は、治安である。私にとっては、海外で暮らすのは初めてのことであり、治安が一番の心配の種であったため、なるべく治安の良い土地を選ぶことにし、その結果、比較的治安もよく、住みやすいという理由でジュイス・ジ・フォーラに決めた。 (3) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(学習面) -留学のためにした準備- 普段の授業を真面目に受けることと、マルクのチャットタイム、留学生との交流、勉強会、弁論大会など、大学内で活用できるもの、最大限活用するようにしていた。 -しておけばよかった準備- ポルトガル語の読み物をもっと読んで、沢山の量を読むということに慣れとけば、もう少し留学生活が楽だったと感じる。 (4) 留学のためにした準備/しておけば良かったと思う準備(生活面) 特にした準備はないが、実家で普段から基本的な家事をしていたのは役に立ったと感じている。 (5) 留学中の交友関係 (どのようなきっかけで交友関係が広がったか、どのような活動をしたかなど) 神田に留学に来ていた、UFJFの学生と留学前から仲良くなり、渡航後も彼らとよく遊ぶようになり、そこから、彼らの友達ともよく遊ぶようになり、交友関係が広がった。 ジュイス市内を案内してもらったり、行け付けのお店に連れて行ってもらったした。長期休みには、ブラジル内を一緒に旅行した。 (6) 授業についての全般的な感想、学んだこと 想像はしていたものの、第一に言語の壁が厚く、本当に何もわからないときは、少し落ち込んだりもしたが、それでも、友達や周りにサポートされながら、全ての授業を乗り越えることができた。この経験から、わからない、困難なことも最後まで、どうにかしながら、やり方を見つけて、成し遂げることを学んだ。 (7) 授業外で参加した活動 時々、DRIで学生主体の留学生向けイベントが行われていたので、いくつかに参加した。私が参加したのは、サンバとパゴッチというどちらもブラジルの伝統的なダンスの初心者向けクラスである。一日のみの、体験ではあったが、ブラジルの文化を体験でき、また他の留学生とも交流することができた。 注意:イベントは不定期で行われ、決まった内容が毎年あるわけではない。 (8) 授業外の活動についての全般的な感想、学んだこと 約一年間の留学生活を通して学んだことは、適応力だと思う。その場所での暮らし方を学び、新しい交友関係を築き、多くの人に助けてもらいながら、その土地に適応し、生活するという能力が、今回の留学を通して、得られた大きな収穫の一つとなった。 (9) 留学で達成した最も大きなこと やはり、留学を通して一番の成長を感じたのは、語学能力である。知り合いからも、留学が始まった頃に比べて、圧倒時に私の語学力は上がっていると、言ってもらうことができ、また自分自身でもその成長を日々感じていた。 (10) 今後どのような学習を継続していきたいか 特に継続していきたいのは、読解と筆記の2つである。留学生活の中で、沢山の資料を読む機会があり、また読んだ内容について自身の意見を文面で表現する作業も多くあった。そして読解と筆記はただ、読む力と書く力を助けるだけでなく、語彙や表現方法を増やし、会話力も向上させることに、改めて気付かされた。 【渡航・滞在先住居について】 (1) 派遣先への出願 (気を付けるべき点など) 出願方法は派遣先から送られてくるGoogleフォームで行う。気をつけるべき点は特にないが、かなり量があるので、記入漏れをしないように。 (2) ビザ申請 (気を付けるべき点や、申請から発行までにかかった時間など) ビザ申請から発行までは1周間から2週間程度でそこまで時間はかからないが、ビザ申請には、航空券、旅券、派遣先からの入学許可書など、様々な資料が必要なので、それらの資料を留学決定後は速やかに行うように。 (3) 航空券を予約した方法 (旅行代理店や利用したウェブサイトなど) 航空券にはエミレーツ航空を利用し、代理店は使用せず、直接航空のサイトにて購入した。 注意すべきは、航空券は出発日が近くなるに連れ、価格が高くなるので、入国日が決まり次第、速やかに買うことをおすすめする。 (4) 渡航したルート 成田空港⇒ドバイ国際空港⇒アントニオ・カルロス・ジョビン国際(リオ・デ・ジャネイロ) (5) 最寄りの空港から大学または住居までの移動 (大学の出迎えサービスがあったか、どの交通機関を使用したかなど) 残念ながら、出迎えのサービスはない。一応Buddyという、現地の学生が留学生を助けてくれるという制度があり、個人的に頼めば来てくれるかもしれないが、あまり期待はできない。 -移動方法- リオの空港に到着の場合、住居までの移動方法は、まず空港からuberでバスステーションまで移動し、その後、ジュイス・ジ・フォーラまでのバスに乗る。ジュイスに到着後は、再びuberで住居まで移動する。 (6) 滞在先住居を探した方法 大学に留学生寮はないが、一応、住居探しを手伝ってくれる制度があり、出願時のGoogleフォームに申請希望の欄がある。入国前から住居探し申請を行えば、いくつか候補のリストが送られてくる。しかし、確実にそららの住居に住める保証はなく、私が使用した際は入居を断られてしまった。 私の住居先は、神田に来ていた留学生に紹介してもらい、そこの大家さんと直接SNSでやり取りしながら、入国前の2ヶ月前には契約し、場所取りのために、家賃も払い始めていた。 (7) 滞在先住居についての詳細 (費用の支払い方法、設備や備品は何があったか、メンテンスの状態など) 費用の支払い方法はpixという現地の送金システムで行う。Republicaという学生専用のシャア-ハウスで、キッチン、浴室、洗濯機は共有、6つの個室があり、個室は一人部屋である。個室にはベット、クローゼット、勉強机・椅子がそれぞれ備え付けである。食器類や日用品は全て各自が用意し、基本的シャアすることはなかった。メンテナンスは月に数回の共有部分の清掃、家で何か問題が発生したときは、大家さんに伝えれば、対応してくれる。 (8) 滞在先についての感想、アドバイス (どのような生活をするべきか、何を持っていくべきかなど) 住居での生活において、シャア-ハウスのように同居人がいる場合、適度なコミュニケーションが大事であると思う。執拗に仲良くする必要もないが、何かあったときに知らせたり、トラブルを起こさないためにも、適度にコミュニケーションを日常から取ることは大切である。 基本的な生活用品でこちらで買えないものはないので、特別、持っていった方がいいものはないと思う。ただブラジルではエアコンのある住居はメジャーではなく、日中や夏場が暑いのは、もちろんだが、以外にも日が暮れてから、また冬は思っていたより寒かったので、暖かくできる服装を持っていくことをおすすめする。 【滞在国・地域での生活について】 (1) 現地での支払方法や現金の調達 (どの支払い方法を主に使用していたか、現金をどうやって引き出したか、日本からどうやって送金したか、クレジットカードはどの程度使用できるかなど) -支払い方法- ほとんど全ての場所でカード払いができる。現金が必要な場面は、大学の学食の支払いと、バスの乗車賃くらいだった。また、現地での銀行口座を開けば、pixというコード決算ができる。pixは近年、流通が進み、こちらもほとんど全ての場所で使用できる。 -送金- 私は到着後すぐ、現地の銀行口座を開設し、日本の口座からブラジルでが口座に、wiseという外貨交換のアプリを通して、送金を行っていた。 (2) 携帯電話 (現地で携帯電話やSIMカードをどうやって購入したかなど) 携帯電話は日本から持ってきた物を使用し、現地でSIMカードを購入した。SIMカードはドラックストアなどでも手に入る。しかし、私が実際に、一度購入した際はうまく機能せず、結局、携帯ショップで再度購入し、そこでキャリアの契約も行った。 (3) インターネット (キャンパス内や住居、街中でのインターネットの繋がりやすさなど) 住居内のWi-Fiは常に安定して快適だった。学内は、各建物もごとにWi-Fiがあるのだが、少し不安定だった。街中では、カフェやレストランにはWi-Fiがあるところが多く、店内にWi-Fiの記載がない場合も、だいたいお店の人に尋ねれば、暗証番号を教えてくれる。 (4) 医療 (現地で病院にかかったか、その際の対応はどうだったか、困ったことはあったかなど) 今回の留学で実際に医療機関にかかることはなかった。ブラジルはSUSという無料の医療機関があり、誰でも使用できる。しかし、待ち時間が長いこと、質が疑問視されるなど、一概におすすめはできない。基本的には海外保険に入ることが義務づけられているはずなので、医療機関を使用する際は、保険対象内ならば、保険を利用し、私立の医療機関にかかることをおすすめする。 (5) 日本から持っていくべきもの -冬服-  以外かもしれないが、冬服を何着か持っていくことをお勧めする。ジュイスは標高が少しあり、冬は冷える、特に日が暮れた後は、さらに寒くなるので、冬用の上着も一枚あるとよいかもしれない。 -折り畳み傘-  ジュイスは頻繁に雨が降りだすので、常に折り畳み傘を携帯していた。 -パソコン、iPad-  大学内に、神田にあるようなパソコン室はないので、文章を書くときパソコンを使いたい方は、ノートパソコンを持っていった方がいいと思う。また、授業内で扱う資料や、教科書が、PDFで配布されることが多いため、iPadを携帯しておくと、便利である。 (6) 治安状況  ジュイスはブラジルの中でも比較的、治安がよい方ではある。しかし、夜中むやみに一人で出歩くなどといった行為は危険なであり、油断は禁物である。実際の脅威としては、強盗や強姦また、違法薬物ではあるが、大麻かなり流通している。行っていた対策としては、夜間の一人行動はしないこと、夜10時以降のバス利用はせず、代わりにuberを利用するようにする。怪しげな人に遭遇したら、極力目を合わせずに、速やかに距離をとり、その場から去るなど。 (7) 食事 (毎食どのように用意したか、大学の学食があったか、学食や外食はいくらくらいか)  毎日の食事は主に、学食で昼と夜の2回をすませていた。1食1.40レアルで日本円にして30円前後とかなりお手頃である。市内のレストランはランチタイムの多くは、量り売り式でセルフサービスが多く、価格はまちまちだが、15~40レアルである。夜になると、レストランなどのご飯やさんは閉まってしまい、飲み屋や、ハンバーガー、ホットドッグ、ピザといった、ファーストフード店が目立つ。 (8) 情報の入手 (書籍やウェブサイト、ガイドブックなど、現地の情報をどのように入手したか)  ジュイスは日本でそこまで知られている街ではないので、ポルトガル語でのネット検索や、SNSが有効である。また、神田にジュイスからの留学生が来ておれば、彼らに色々尋ねてみるのが、一番の情報となるだろう。 (9) 特筆すべき文化や習慣の違い、気を付けるべき点  挨拶に関しては、人にもよるが、握手やハグ、頬をくっつけリップ音を出したりなど、日本と比べ、圧倒的にスキンシップ多めである。  個人的に困惑した文化の違いは、冗談をよく言うことである。これももちろん個人差はあるが、親しい関係または、親しくなりたい時に、ブラジル人はよく冗談を言う。最初の頃は、語学力が低いのと合間って、冗談が冗談であることがわからず、よく困惑した。 【進路について】 ※目標編(非公開)と重複しても構いませんが、公開することが差し支える内容は目標編に記載してください。 (1) 留学終了後の進路 (就職、進学、未定など、決まっておりかつ公開が差支えなければ就職先や進学先) 神田で四年生となる最後の学生生活を過ごす。卒業後の進路は未定。 (2) 現地での就職活動や進学準備 (現地から日本の企業に就職活動をしたか、日本企業のジョブフェアなど現地で就職活動をしたか、大学院の進学準備をどのように行ったかなど、した場合その方法) 一度だけ、オンライの就活アドバイスサービスを利用し、その際、就活は留学終了、帰国後に行うことに決めた。 (3) その進路に対して留学経験をどう活かすか  卒業後、留学で得た知識経験を直接いかすような、通訳や外交系などの道に進むかは未定ではあるが、少なくとも今回の経験を通して学んだ、適応能力や語学能力、ブラジルについての知識を自分の強みとして、就活にいかそうと考えている。 【今後留学を目指す学生へのアドバイス】  出発前の準備は、留学が決定したら直ぐに始めた方がいい。特に、ビザ、旅券、航空券は早め早めに用意すること。これらが揃わないことには、留学が始まらないし、また航空券は出発日が近づくにつれ、高くなるので、本当に早く買った方がいい。  いざ、留学がスタートしてからは、自身の想像と異なる環境や状況に戸惑い、落胆することは良くあるこ。なので、個人的には、全てのことに過剰に期待したり、勝手に想像を膨らませない方がいいと思う。ネガティブに聞こえるかもしれないが、留学生活を楽しむ上で、この心持ちは意外と大事である。また、何か不運に見舞われたときも、ある程度は、仕方ない精神で受け流し、引きずり過ぎないほうが、気持ち的にも楽である。しかし、同時に本当に不満に思うことがあるなら、それを解決するために、行動することも、大切なことである。  初めてことで苦労することもあると思うが、最終的には全て自身を成長させる経験となるので、ぜひ留学に挑戦してみてほしい。
-真夏のクリスマス!-  人生初となる、真夏のクリスマスは、友達の家族がいる、ubá(ウバ)というジュイスから2時間半ほどの小さな町で過ごすことになった。この町の特徴は一言で言うと、とにかく蒸し暑い。地形的に山々に囲まれ、風通りが悪いため、暑い空気のたまり場となり、町全体がじとじととした暑さで包まれていると言った感じである。  ブラジルのクリスマスは、家族、親戚で集まって過ごすことが一般的には多いらしく、友達の家族は、30人とかなり大人数が1つの家に集まっていた。また、カトリック教徒が最も多いブラジルでは、クリスマは非常に重要な行事として位置づけされている。  クリスマス・イブは朝から、みんなで準備を行い、夜9時ごろから、ホームパーティーのような感じで、ご飯を食べながら、みんなでプレゼント交換などのゲームをしなが和気あいあいと、家族の時間を過ごし、楽しいかった。25日クリスマス当日、日付が変わる夜中の0時の3分ほど前になると、みんなで和となり、お祈りの言葉を唱えていた。お祈りが終わり、25日になると”feliz natal!”と言いながら、家族の一人一人とハグをして、イエス・キリストの生誕を祝った。  私が参加させてもらった、友達の家族はカトリックの信仰が厚い家族で、ブラジル宗教文化的には、かなり伝統的なブラジルのクリスマスを経験することができたのではと思う。また、家族ではない私を、こういった家族団らんの場に、混ざらせてくれることがとても嬉しく、ブラジルらしいなぁっと思った。 - ビーチで年越し!-  年越しは、ビーチを求め、友達たちと旅行も兼ねて、友達の一人の家があるEspírito Santo(エスピリト・サント州)のvila velha (ヴィラ・ヴェーリャ)という町で過ごした。この町はかなり古い建築物が残っていたりと、歴史的な町であると同時に、海岸沿いには、多くのマンションが立ち並び、オシャレな印象を受けた。  ジュイスからヴィラ・ヴェーリャまでは、車でおよそ10時間と長旅となった。友達の一人が車を出してくれ、一人で運転をしてくれた(感謝でしかない)。途中リオ・デ・ジャネイロ州を通過し、休憩を挟みながら、無事に到着することができた。  ブラジルの年越しは、クリスマスと比べるとそこまでの重要性は高くなく、過ごし方も、家族、友達、恋人などと旅行に行ったり、ホームパーティーを開いたりと、各々が過ごしたいように、年越しを迎えるという感じのようだ。その中でも、ビーチのある場所では、年越しに合わせて花火が打ち上がたり、音楽ライブなどが行われるので、ビーチの赴く人は多いようだ。  年越し当日は、夜10時頃からceia(セイア)といって、(本来は真夜中の0時から始まる)、クリスマスにも行われる、伝統的な食事を取り、お腹を満たし、11時半頃になると、みんなでビーチに移動を開始し、その時を待った。ビーチには白い服を着た人が溢れており、これは、年越しのときに身につける色によって、平和、お金、希望、愛など、それぞれの意味をもつとされるブラジルの一つの文化である。白はその中でも、一番多く身につけられる伝統的な色であり、平和の意味があるあらしい。  1月1日に日付が変わると、海には花火が打ち上げられ、ビーチには"feliz ano novo!!!"という歓声が上がった。私も友達たちと共に新年を祝った。  年越し後は、数日ほど、友達宅に泊まらせてもらいながら、ヴィラ・ヴェーリャを観光し、満喫した。 写真左:ビーチで年越し 写真右:ceia セイア
2023-11
月次報告書11月分
熱波到来!
2023-10
−10月は雨の月− 今月はとても、雨の日が多かった印象である。一日中降り続いているというよりも、一日の中で何回かに分けて、バケツをひっくり返したような、降り方をしていた。ブラジルの雨の日を歌った、”O dia se zangou”、"怒りの日"という曲があるのだが、本当にその歌のように、怒りの雨という感じで、ものすごい勢いの雨が降っていた。 私の住んでいる居住では、その雨によって、屋根の一部が壊れてしまうといったことが、起こるほどである。(すぐに住居の管理者が修理の手配をしてくれ、二週間程度で修繕された。) 大学内も大雨と、防風の影響で、木がなぎ倒されたり、建物の一部が壊れたりなどと、被害に見舞われた。 また、ジュイスは山に囲われた地形で、中心街はその窪地に形成されているのだが、それにより、雨の日は街が冠水するということが頻繁に起きてしまうようだ。 −フードトラック文化− ブラジルには、フードトラックの文化が結構あり、路上では様々な、フードトラックに出くわす。その中でも、よく見かけるのが、Podrãoと呼ばれるある種のファーストフードである。Podrãoは主に、路上販売をしている、ホットドックやハンバーガの事をさし、7〜15レアル(200〜400円)ほどで買うことができる。このフードトラック、ファーストフードの文化はおそらく、アメリカ文化の影響ではないかと思うのだが、面白いことに、ホットドックとハンバーガはブラジルの独自の進化を見せ、私が知っているものとは、異なるものになっていた。おいしくて、安価でお腹もいっぱいになってるので、私は結構、気に入り、よく食べている。 写真:右(ホットドック)トマトソースで煮詰めたソーセージ、卵、チーズ、とうもろこし、すごく細かいポテトフライ、マヨネーズなど 写真:左(ハンバーガ)パン、お肉のパテ、ベーコン、ハム、レタス、トマト、チーズ、卵、すごく細かいポテトフライ、マヨネーズ→x-tudoと呼ばれている(x=チーズ、tudo=全部)
2023-09
月次報告書9月分
宗教科学という世界
前期は、ポルトガル語の理解力を優先して、言語系の授業を履修していたが、今期はよりブラジル社会を学ぶために、歴史と宗教に関する授業を履修した。それにより、授業理解の難易度はグッと増したが、同時に新しい興味関心や、気づきもあった。特に宗教科学という学問に、興味を持つようになった。 宗教という話題に関して、以前から関心はあったものの、そこまで深く学習したことはなかった。また常に宗教というワードに対して、先入観があり、それがあまり良いイメージではなかったからこそ、どこか躊躇していた。そして、この先入観は、宗教を学問として、研究している人たちに対しても、同じようにあり、また、そういった人たちは、信仰心が強く、私がそんな彼らと学習することは不適切なのではと、考えていた。しかしながら、実際に授業を受け、クラスを観察していると、私の想像とはかなり違うということが、最近わかった。 履修した授業はキリスト教の起源に関するものと、ブラジルに存在する宗教に関する2つで、どちらも、宗教科学と呼ばれる学問に分類される。この宗教科学と呼ばれる学問では、簡単に言うと「神は存在するのか、否か」ということを、研究するのではなく、広い意味では「なぜ、宗教という現象がおこるのか」ということを研究している。そのため、この分野で、研究する人たちは、宗教を、より批判的な目線で観察しているのである。(ここで言う批判的とは、宗教を悪く言ったりするという意味ではない) つまり、宗教科学という学問は、私が持っていた先入観とは、ある意味、真逆の世界であったということである。この気付きは、個人的にかなり大きく、また新たな学問に対して、関心を持つきっかけになった。 写真:話の趣旨とは関係全然関係ないけど 左:chupi chupi 学校の食堂前で売られてる、アイス的なもの3.75~4.00 reais。地域によって呼び名が違うらしい。 右:自炊したfeijão。最近になって現地の食事を作ることが一番安く、おいしく自炊できるのかもしれないと、思い、豆を煮るだけでできるfeijãoに挑戦した。結構うまくいったので、3日分くらい作り置きして、主に学食がやってないときに食べている。
2023-08
 7月の終わりから始まった冬休みを利用して、8月はブラジルの2代都市、リオとサンパウロを訪れた。 また、8月中旬から、新学期が開始され、再び授業選びからのスタートとなった。 −リオ旅行−  リオは去年、神田に留学生として来ていた、ブラジル人の友人2人と一緒に訪れた。2泊3日のショートトリップではあったが、いくつかの主要な観光地を見て回り、また中日では、リオといえばのビーチでゆったりとした時間も過ごすことができ、とても大満足な旅行となった。  やはり、リオは観光都市としての一面が強く、多くの観光客で溢れており(観光地を訪れているので当然ではあるが)、普段生活している、ジュイスと比べると、より華やかさが際立っていた。  安全面に関しては、今回はブラジル人とともに、行動し、基本的に危険地域は避け、移動はすべてuberを使っていたこともあり、危険な場面に遭遇することはなかった。 −サンパウロ旅行−  まずは移動に関して、サンパウロはジュイスからバスでおよそ8、9時間ほどと、なかなかかかる。これがブラジル内旅行の最大の、難しさでもある。とにかく国土が大きいため、移動に時間とお金がかかる。  サンパウロには神田から私と同じように留学できている友人がいるので、今回はその友人に、街を案内してもらった。サンパウロは基本的には、地下鉄が通っており、移動がとてもスムーズだった。  主に訪れた場所は、サン・パウロ大学、リベルダージ、パウリスタ通り。サン・パウロ大学はとにかく、敷地が広大だった。ジュイスの大学も広いと思っていたが、それとは比べ物にならないくらい、広かった。  リベルダージは、アジア人街の名の通り、日本を初めとする、アジア圏(主に中国と韓国)の文化で溢れていた。お昼には久しぶりに牛丼を食べた。ブラジル料理はかなり気に入っていて、これまで、特に日本食を恋しく思ったことはなかったのだが、このとき食べた牛丼はやけに、美味しかった。  パウリスタ通りは、メインの通りで、幅広のきれいに舗装された道の脇には、様々な企業の高層ビルや、ホテルが並んでおり、その姿は、日本の都内を思わせるものがあった。 −新学期が開始−  冬休みが終わり、新学期に入り、再び授業選びからのスタートである。留学生は2週間、好きに授業を見て回り、その後継続したい授業を最終的に履修登録するというシステムなのだが、個人的に、これがなかなか大変な作業である。というのも、まず第一に、まだまだポルトガル語能力の壁があり、正直、初回の1、2回の授業はだいたい何もわからない。そうなることは前期の経験で、わかっていたものの、結構精神的来る。それでも、限られた期間で、授業は選ばなくては行けないので、2週間、この作業をほぼ毎日に繰り返し、最終的にはなんとか履修登録を完了させた。  
2023-07
月次報告書7月分
イグアス旅行!
1学期が終わり、7月終わりから、冬休みに入ったので、今月は、初めての、ブラジル国内旅行を決行した。 行き先は、イグアスの滝!神田から留学している友人と一緒に行ってきた。 代理店などのツアーは使わず、航空券、ホテル、など全て、自分たちで調べ、市内から滝壺までの移動も公共機関であるバスを利用した。初めてのことも多く、ハラハラすることもあったが、とても良い経験になった。 イグアスの滝はブラジル、アルゼンチン、パラグアイにまたがる滝で、世界遺産にも登録されている。今回はブラジル側からとアルゼンチン側の両方から、滝を拝んだ。 滝の迫力は凄まじく、滝下は台風に匹敵するほどの、水しぶきと暴風だった。大自然を前に、生死を感じ、興奮と感動をおぼえた。来て、凄くよかったと思った。 最終日には、近くの鳥類園にも行った。大きな鳥かごの中に、自分たちが入っていくような作りなっており、鳥と人の間に隔たりがなく、かなり近距離で、観察することできる。鳥好きには最高の、スポットである。 イグアスの滝はブラジル側はfoz do iguaçu、アルゼンチン側は puerto do iguazúという町に位置しており、ブラジルからアルゼンチンまでは、バスで行くことができる。途中で入国のために一度下車し、税関で簡単な入国手続きを行う。
2023-06
新しくあった人と、初めて会話するとき、うれしいことに、ポルトガル語上手だね」といってもらえるときがあるのだが、そこで興味深いことに気づいた。 褒め言葉で「ブラジル人より、ポルトガル語上手だよ」という風に言われた。それも、一回ではなく、何回か違うひとから言われた。初めて言われたときは、面白い冗談(まぁ冗談ではあるんだけど)だなと思っただけだったが、複数人から同じような文句を聞き、少し疑問?興味をもった。 これは、もしかしたら、ポルトガル語文法のルールが難しいことが理由かもしれない。 友達に、大学以前(小学校〜高校にあたる)のポルトガル語の授業(日本でいう国語の授業)について聞くと、どうやら文法についてかなり学習するらしい。例えば、彼らも動詞の活用を覚えたりするらしい。私の記憶だと、国語の授業で、文法を扱う回はあったものの、そこまでディープに学習した記憶はない。 また、SNSなどでも、ポルトガル語話者向けの、文法事項を紹介しているステーションをいくつも見かけた。 私個人の感覚だと、日本ではこのような現象をあまり見たことがない気がする。 また、外国人のためのポルトガル語 - 多文化主義という授業で、ブラジルにおけるポルトガル語=公用語の特徴について扱った回で、ブラジル人の心のなかには、自分たちのポルトガル語は間違っているという潜在意識が常にあるということを先生がいっていた。これは、ポルトガル語は、ポルトガル(国)によって持ち込まれた言語であり、正しいポルトガル語はポルトガル(国)で使われているものだ、というアイデアから来ているらしい。(一方で、ポルトガルのポルトガル語は、ポルトガルじゃない、ブラジルのポルトガル語が本当のポルトガル語だ!みたいなこともよく、ブラジル人から聞く笑) 「ブラジル人より、ポルトガル語上手だよ」という冗談の裏には、こういったポルトガル語の特徴や、歴史的背景があるのかもしれないと、ちょっと思ったりした。 写真(今回の話の趣旨とは全然関係ないけど)     右:バス停からの風景    左:近所の野良犬
2023-05
月次報告書5月分
ジュイス内の移動手段
あっという間に、渡航から2ヶ月がたち、こちらでの生活にもだいぶ慣れてきた。 しかしながら、円安が止まらず、出費をどのようにして抑えるか、頭を悩ませた月でもあった。 出費を大幅に抑える方法として、移動方法を工夫すること一つの得策である。ということで今回はジュイス内の移動方法について紹介していく。 −バス− ジュイスのもっとも主要な移動手段はバスである。乗車賃は通常、3.75レアルで、すべての区間一律料金である。支払いは、現金か、交通IC。交通ICのチャージはセンター街まで行かなければならない。 cittamobiという、いわゆる乗車アプリで、乗り換えや、時刻表、停車位置を確認することができる。 めったに予定時刻ぴったりには来ないが、慣れてくればもっとも安く移動できる手段なので、有効である。 (注意点) 夜間の移動には、バスはあまりよくない。バス停で一人きりで待つのは危険であるし、本数も減るので、待ちぼうけになる可能性が大である。その場合は次に紹介するuberを使用することを勧める。 −uber− uberタクシーがブラジルではかなり浸透していて、私も、到着して1ヶ月くらいはバスよりも、確実なuberをよく使っていた。値段も、バスに比べれば高いが、日本のタクシーに比べれば格安である。また、複数人数で利用すれば割り勘でかなり安くなる。最大のメリットは、ドアtoドアで運んでくれるので、楽だし、安全であるという点である。 写真:乗車アプリ
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